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Saturday, April 22, 2006

総括

 最近、古い事件の資料をいろいろあさっているのだが、寒気を覚えるのはやはり連合赤軍の山岳ベース事件だ。70年安保闘争に敗れた活動家たちは、闘争に打ち勝つために「より共産主義的であることを」を自分らに求め、神学論争の果てに仲間を次々と殺していった。「総括」の名の下に、よりよい闘士になることを手助けする、という理屈だったという。連合赤軍以外の活動家たちも、闘争を続けること自体が行き着く末路を知り、離れていったし、同情的だった人たちの心も急速に冷めていった。あさま山荘事件にいたり、テレビ各局あわせて視聴率計89%という、日本中の注目を集めるなかで、「反体制的」な運動をすること、ひいては政治的なものに関心を持つこと自体への強い嫌悪感、警戒感を日本人に持たせる結果をもたらしたといえる。
 教育基本法改定が迫っている。「愛国心」教育をするという話が出ているが、まず問題としてあるのは「国を愛する」とは何ぞやということだ。連合赤軍メンバーとて、やり方は間違っていたとしても、彼らなりに「よりよい日本にしよう」という「国を愛する心」は持っていたといえる。何を持って「国を愛している」と判断するのか、誰が判断するのか。「国を愛するはこういう心をさす」という神学論争に陥りかねず、行き着く先は連合赤軍と同じ道だろう。「よりよい日本人であること」を他者に求め、よりよくないと判断すればよりよくなるよう「総括」を加える。戦前の日本も同じである。結局は時の政権が判断するという話にしかならないのであって、国家を挙げた「総括」がこれから再び始まることになりかねない。
 「国を守る」ということが「愛国心」であるとするとなおたちが悪い。例えば、北朝鮮による日本人拉致は許されざる行為だが、かの国の政権に言わせれば「国を守るため」という理屈だ。日本の戦争も国土防衛のためにやむをえなかったと評価する人も少なくない。選択肢として適切なのかということは問われるところで、政策に対して批判的であることは基本姿勢として極めて重要なことなのだが、はっきりいって日本にそれが認知されているとは思えない。イラク人質事件で「反日」うんぬんという話が政治家からも出るくらいなのだ。政策に対する意見が違うだけで結局は「おまえは本当に国を愛しているのか」という「総括」に陥るのは目に見えている。
 郷土を愛するなどということをわざわざ法律に掲げる必要性は感じられないし、伝統を守る、の伝統とは何を指すのかも不明だ。江戸時代の身分制度すら300年近くも続いていていれば十分「伝統」になってしまうではないか。例えば、米を中心とした農業国であった伝統を徹底的にないがしろにしてきたこれまでの政策は、すべて「愛国心」に欠けたものということになる。そもそも兵糧を自給しないなど国土防衛の意識があるとは思えないので、ますます「愛国心」に欠ける行為だろう。それこそ「総括」しなければという話になるが、そんな冗談でも複数人でしていれば今度は共謀罪でしょっぴかれることになりそうだ。

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Comments

このblogのやりとりもやばいってことですか?どこが民主主義だろうか。あさま山荘事件を子供の時テレビでみた世代が、‘怖い’てトラウマを抱えてしまっているという話をきいたことがあります。日の丸君が代問題の瀬戸際のときPTAをそう表する人がいました。写真でずいぶん雰囲気かわりますね。朝日の記事のもいいよね。

Posted by: 速水 | Saturday, April 22, 2006 at 12:10 PM

安田さま

お!写真を変えてくださったのですね!いいじゃないですか。どの写真でもイケメンはイケメンですが、現場の臨場感がありますね。義妹(御就寝中)に、明日見せます。喜びます。速水さんのおっしゃるとおり、心も柔らかくなっています。いわゆる安定期に入っていまして、本人いわく「サル山を駆け上がって、頂上で旗をブンブン振っている感じ」というほど気分はよいようです。(彼女に怒られないので、私としてはラッキー!です、、う、情けない、、)

共謀罪。あきれる法律ですよ。国民を一つの考えにまとめるなんて、全体主義そのものじゃないですか。(ん?これで私も捕まるのかな?)私の友人、知人の外国人は「日本も”ビッグ・ブラザー・イズ・ワッチング・ユー”になったね」とのコメントばかり。(これを引用した小説はあまりに有名ですよね、安田さん)くやしいけど、今の日本は静かに恐怖が進行しているような気がします。こういうときにこそマスコミの気概が必要なのに、、「自分さえよければいい」という、子供のメンタリティーが報道の場にまで蔓延しているのでしょうか

Posted by: 沢宏子 | Sunday, April 23, 2006 at 12:33 AM

はじめまして。
>「自分さえよければいい」という、子供のメンタリティーが報道の場にまで蔓延しているのでしょうか

 功利主義に関して「自分さえ良ければいい」というのは確かにあたっていますが、それが善なのかは措くとして、現在の日本のメディアがこれに徹っせているのかが私は疑問です。
 時の行政に監視権限や規制権限を与え続けることが、本当に自分たちの利益になるのか。いま目の前にあるだけの利益にだけ強迫的になって、これから先の利益、さらには今でさえほかにも手にすることが出来るかもしれない利益が目に入っていないのではないでしょうか。
 
 功利主義や実利主義を批判して、規範倫理的な題目を唱えるのは気持ちのよいことですが、現実の社会を動かす倫理として功利や実利を軽視することはほぼ不可能だとされています。
 にもかからわず、瞬間の気持ちよさを優先して、非功利で無意味で有害ですらある選択をしようとする。
 それが日本軍の失敗の本質であり、失わなくてもよかった多くの命を犠牲にしたことを忘れて。

Posted by: fuminn | Sunday, April 23, 2006 at 09:28 AM

「ますます「愛国心」に欠ける行為」の最新版って、「竹島」を共謀罪審議入りにぶつけた事じゃないです?

Posted by: 田仁 | Sunday, April 23, 2006 at 03:08 PM

共謀罪は天下の悪法です。こんな法律を許したら、公権力でどのような「でっち上げ」でも可能です。我が国は統制・弾圧国家となり、自由と民主主義は過去の幻影になってしまいます。冗談じゃありません。私は断じて反対します。

福岡県筑前町議会議員 笠 昭一郎

Posted by: 笠 昭一郎 | Sunday, April 23, 2006 at 11:43 PM

私の記憶が正しければ、ベルリンの壁が壊れたとき、ホメイニ師が死去し、新聞紙面は大混乱だったような気がします。今日の紙面も同じ。私は英字新聞勤務ですから、なおのこと、日本の報道で「竹島の危機回避できてよかったね」のニュースが、共謀罪の記事にかぶさったような感覚です。新聞は紙面スペース、TVは時間が限られているので、仕方ないといえば仕方ないのですが、このタイミングが、総選挙前に北朝鮮に行ったコイズミ某の行動とダブらさざるを得ないです。

マスコミの役目は時の権力と逆の車輪を回すことだと思っています。愛国心の定義はいろいろあるでしょうけど、風通しのよい、つまりいろいろな意見を口にでき、実行できるというのは近代国家の基本線だと思うのです。たとえ一人の意見でも聞く耳を持つのが民主主義、もっと歴史を遡れば多数決の原理でもあるのですから。その口がふさがれるというのは、マスコミにとって暗い未来を約束してしまい、そして多くの人の「国、自分の生活を良くしていこう」という行動に逆行している、と思います

安田さん、義妹、朝市に夫(しつこいようですが初めての方もいるので私の弟のこと)と一緒に行き、帰宅したときに「ほらほら」と安田さんの写真を見せたところ、はしゃぎまくり。「かっこいい!」と筍(朝市でゲット)を抱えたままでニコニコしているので、夫(弟)に軽く怒られ、「似てるわね、あなたと。メガネやサングラスをかけたらそっくり」と言い、夫(弟)が「そ、そうかな。そんな、かっこよくないよ、オレ」と照れ笑いするほど、パートナーを立てる義妹でした。頭いいねえ~、彼女は。実際、弟がメガネなどをかけると安田さんに似ていますよ。顔のつくり、年齢がほぼ同じですから

Posted by: 沢宏子 | Monday, April 24, 2006 at 12:28 AM

「イギリス人民は自由だと思っているが、それは大まちがいだ。かれらが自由なのは、議員を選挙するあいだだけのことで、議員が選ばれるやいなや、イギリス人民は奴隷となってしまう」ルソーの『社会契約論』の中にあり、現代社会の教科書を書いてる人は現代の議会制はルソーの批判に耐えられる民主的なしくみでなければといってます。いやいや難しいでしょ!補欠選挙の結果を小泉さんの求心力が失われた報道してるけど、その理由がわからない。ただの小沢ブームてことだけですかね。これじゃ去年の選挙も単なる小泉ブームで、選挙のときすら奴隷ですね。

Posted by: 速水 | Monday, April 24, 2006 at 02:35 AM

速水さん

やばいでしょうね
同意しただけで罪に問えるわけですから

Posted by: 安田 | Monday, April 24, 2006 at 02:59 PM

沢さん

そういうときの女性の感覚は男には分からないところですね。コミュニケーション次第なんでしょうけども、その点は心配要らなさそうですね

共謀罪は公安手法で運用されるのでしょうから、思想的な面を問う内容になっていくのでしょうね。きっと市民運動などは壊滅します。マスコミも企業ですから、危うきには近寄らず、という姿勢が強まっていくんじゃないですかね

Posted by: 安田 | Monday, April 24, 2006 at 03:28 PM

 速水さま

珍しくおこちゃま時間に就寝してしまった私は、朝、速水さんのコメントを通して選挙結果を知りました。もともとの自民と民主に違いがそれほどなかったとしても、現状が辛い私は、今回は民主に勝って欲しかったのでほっとしました。小沢さんを100%支持している訳ではもちろんありませんが、じゅんいちろう君的なものにこれ以上任せて置くのは耐えられないからです。当選された方に入れた方達も、そうだったのではないでしょうか。願わくば、これをきっかけに秋の総裁選も「A子ちゃんとさえ仲良くしていれば、B・C・D子ちゃんも納得(仲良く)してくれるもん」的な方ではなく、せめて「A子ちゃんももちろん大事、でもB・C・D子ちゃんも大事」という方になっていただければ・・・と思います。
でも、速水さんが懸念されているように、これもただのブームで、発足当時非常に高い支持率だった方の時同様、「何となく、何かしてくれそう」といった理由で支持したのだとしたなら、悲しいですけど・・・。

体調を崩しやすい頃です。お身体大切になさって下さい。

Posted by: VOCE | Tuesday, April 25, 2006 at 04:59 AM

fuminnさん

日本軍の失敗を失敗と認識しなくなっているということかもしれませんね。
マスコミとて企業ですから、目先の利益を確定していくしかないとすでに見切っているのかもしれません。日本の財政赤字や少子化、人口減などを考えていくと、要するにもうだめだと。
やはり消費者が賢くなるしかないと思います。よい情報を評価してやれるかどうか。功利、実利とは何かという問題に行き着くわけですから。

Posted by: 安田 | Tuesday, April 25, 2006 at 07:01 AM

田仁さん

竹島は相手のある話ですからね。あれはあれで扱うしかないでしょう。むしろ、共謀罪の話はずっと言われてきた話ですから、ほかのニュースとぶつかって今日「は」扱えなかった、ということはもはや言い訳にならない段階ですね。

Posted by: 安田 | Tuesday, April 25, 2006 at 07:05 AM

笠さん

かなり、来るところまで来たなという印象ですね。近代憲法ともそろそろおさらば、ということになりそうな気がします。

Posted by: 安田 | Tuesday, April 25, 2006 at 07:13 AM

沢さん

愛国心の定義。「愛って何?」の世界ですね。
だいたい、社会のシステムのなかにそういう情緒的なものをいれるなよ、と思います。愛は憎と表裏一体ですから、そういう変動リスクのあるものはシステムとして不適切です。

妹さん、賢いですねえ。男なんてそんなもんですからね。
そうですか、似てますか。光栄です。家庭といい語学能力といいうらやましい限りですけども。

Posted by: 安田 | Tuesday, April 25, 2006 at 09:01 AM

速水さん

今さら小沢ブームというのもね。小泉続投はないということを織り込んだ動きですか。

Posted by: 安田 | Tuesday, April 25, 2006 at 09:13 AM

真っ当な市民運動が根付く前に、根絶やしにされそうな勢いですね。

赤軍の流れを含む旧極左勢力が市民運動に紛れ込んでいることが、中途半端にネットで認識され始めました。そのことが、ややこしい情勢を生んでいるような気さえします。共謀罪の恐ろしさを認識しつつも、それに反対する市民運動に対しての不信?から、共謀罪反対の世論が喚起されにくいような感じかな。


既に、大手マスコミは一次情報のプロバイダーでしかないと思います。鳥取の人権保護条例は、ネットの力でつぶされているような感じですしね。

個人的には、このまま日本がボンビーになって、普通に市民運動できるほどヒマになればいいなと考えていたのですが、それも難しそうですね。みんなで暴れたら楽しいだろうな。日本には、普通の市民運動は無理なのかなあ。

Posted by: けんたうろす | Tuesday, April 25, 2006 at 12:47 PM

VOCEさん たまたまみた報道がそんな分析をしていただけです。もちろん投票行動にはいろいろあると思います。それなのにそんな分析のみをする報道の問題かな。その後いろいろな分析があるようです。でも千葉七区だけですべてかたれないですよね。私てきには武部さんが毎日入ったのが逆効果かな。メールは偽でもみんなあるかもと思ったわけですし、その辺は払拭されてはいないのではない気がします。しかし奴隷であらねば捕まる時代がくるのはいやですね。今日は尼崎の事故から一年、痛ましい気持ちです。

Posted by: 速水 | Tuesday, April 25, 2006 at 05:13 PM

けんたうろすさん

普通の市民運動で何を言おうと「極左がよく使う論法だ」とかいう理屈で極左勢力にされますし、その時点でその運動は世間からは警戒されますからね。
ちなみに私は拘束事件のときに「左翼系の出版社と関係が深いようなので自作自演の可能性が高い」と内閣調査室の資料に書かれていたようですね。どの雑誌も1、2回しか書いてないのですが、そもそもどの雑誌が左翼系なのかこちらは知らないし興味も無いんですけどね。深い関係あったら自腹で取材なんかしてませんし。

政治家も役所も、国民全体の生活水準を今以上に維持するのは無理だと見切っている気がします。貧乏人が増えれば暴動も起きるでしょうから、それを事前に取り締まるのが共謀罪で、貧乏だけどこの国を愛してる、ということで満足するよう愛国心教育をするんじゃないですかね。

Posted by: 安田 | Wednesday, April 26, 2006 at 05:35 PM

 速水さま

そうですね。いろいろな要素が組み合わさっての結果だと思います。
速水さんのご指摘の通り、『メール問題』もまだ終わったとは言えませんし、武部さんもその辺の所をあまり考えず、おちゃめに振舞い過ぎたかも。候補者が地元出身ではなかったことも響いたかな、と。
小沢さんが就任直後でマスコミが頻繁に取り上げたことや、じゅんいちろう君の就任5年の節目と重なり、その功罪が改めて確認されたことも大きかったかも知れません。やはりメディアの力は凄いですね。立ち位置を誤ったらこわいです・・・。
悲しいことですが、いつの時代でも、どの家庭に生を受けるかでも、ある意味『格差』は生じてしまうものなのかも知れません。 けれど、それがまるで抜け出せないものであるかのように、その人の人生を決定付けることがあってはならないのだと、私は思います。
コメントをしていただいて、うれしいです。
ありがとうございました。

Posted by: VOCE | Thursday, April 27, 2006 at 02:30 AM

VOCEさん こちらこそありがとうございます。このようなコミュニケーションができることはありがたいと思ってます。それを感じるから共謀罪をとんでもないと思えるのですよね。逆に必要と思う人もいるのでしょうから。 今学校もかわりつつあって、生き残りのためにともかく訓練して成果をあげことが必要です。一握りの力のある子を徹底的にやって学校がお金を出してたくさん受験させ合格実績をあげる学校もあるそうです。私も子供に成果をあげさすことは重要だと思いますが、そのためには勇気体力知力思いやりなど必要な基礎がありますよね。危険だからとか、迷惑をかけるなとかで何もやらせず、ただ競争させるだけではねえ。「自己責任論」があんな風にいわれる状況での競争は問題だと思います。江戸時代にモリソン号事件というのがあります。遠州灘で難破し、漂流し、生き延びた三人が手紙を書いて助けを求め、イギリス人からその勇気と体力と知力で尊敬をうけます。しかし、やっと帰ってきた彼らを日本は砲撃しました。まあ鎖国だからね。しかし、この違いは…。長くなり申し訳ないです。

Posted by: 速水 | Thursday, April 27, 2006 at 09:49 AM

安田さま

「愛ってなに」という答えが、一昨日の某新聞に載っていました。「愛とは待つこと」。ふむふむ。じゃ、マーガレット・サッチャーらが言っていた「愛とは惜しみなく与えること」というのは、相反するのか?と、まあ同じように愛国心にしても永遠と議論が続くわけで、一刀両断にすることじゃないですよね。「なんだかよくわからない」ものを作り笑いしながらも「言われたとおり」「なんとなく受け入れ」すぎるのが日本人だと思います。気づいたときには「聞いてないよ~」ということになる。

弟夫婦。ある作家が「家庭」「仕事」「健康」は相容れないものだ、と言っていました。つまり、3つを一緒に手にいれることはできず、必ず何かを犠牲にすると。弟の場合、家庭では年上のしっかり者・美人嫁さんに男の子を生んでもらうし、心も体も健康そのものですが、定職はなし。嫁さんにしても”この世で夫が一番好き”で幸せいっぱい、順調に胎児も育っていますが、会社はやめてのんびりアルバイトと頼まれた原稿をちょこちょこやる程度。やっぱり仕事の比重は軽いですね。どこに価値観を求めるか、なのですが、弟は安田さんをかなりうらやましがってます。「高校から職業を決めて、やり抜いているんでしょ。僕なんか今だに何者か分からないもの」と。(本当、何やっているんだろう、、)

考えてみれば弟がジャーナリストの真似事を始めたのは現役記者だった嫁さんと深い仲になったころ。これも愛の力かあ、、「愛とは他人の人生を変えるもの」ですかね

Posted by: 沢宏子 | Thursday, April 27, 2006 at 04:19 PM

 速水さま

ありがとうございます。
テーブル・マナーで確か「政治と宗教の話はしてはいけない」というのがありますね。これはその話題が個人の思想・信条に深く結び付いたもので、うかつに触れることは危険である、という戒めだと思いますが、この場でそういった事を伺ったり、書かせていただくことが出来るのは、「『安田さんというジャーナリスト』の方のブログを通じている」信頼関係があるからだと思います。ずうずうしいかな・・・?
>「自己責任論」があんな風に(中略)問題だと思います。
本当にそうですね。ところで、近いうちに『裁判員制度』というものが始まりますが、これも大変だと思います。「『自己責任』問題」を見る限り、物事をそれ自体で判断するのではなく、感覚的なものと結び付けがちな国民性だと思うからです。例えば「何となく気にくわないから」「マスコミがそう言っているから」etc。それに少なくとも私自身、その人の運命を決めてしまい兼ねない審判を下す能力があるとはとても思えませんし。
「(生徒の立場に立った)先生である」ということは、いつの時代でも大変なことですし、これほど大切な時代もないかもしれません。それこそ、信頼と愛情がなくては出来ません。速水さんはスゴイですね。
『モリソン号事件』。結果的に祖国へ戻ることが出来なかった彼らは、どんな想いで生涯を送ったのでしょうか。時代って残酷ですね・・・。

Posted by: VOCE | Friday, April 28, 2006 at 03:10 AM

VOCEさん 今の生徒は成績があがることを望んでるようです。テストでできるだけではつまらないと思う私は生徒の立場にたっていないダメ人間ですよ。成果をあげることは自信につながりますから、大事ですね。しかしそれだけではねと思うのですよ。まあみんながみんなそうじゃないからいいけど。みんなそうなるなら私はおはらいばこです!

Posted by: 速水 | Friday, April 28, 2006 at 09:31 AM

沢さん

「愛とは何か」を一刀両断したらそれはもう宗教ですね。背教者は徹底的な弾圧を受けることでしょう。

 職業は「自分が何者か」を示すものの一つかもしれませんが、ぴったりくるものがそうそうあるわけでもないでしょうからね。もっとも当てはまるような仕事を自分でつくってしまうのが一番でしょうけども。
私も最初に記者の仕事に興味を持ったのは「面白そうなものを見れそうだから」ですので、言い換えると自分の関心により近そうだから、という程度です。今ならほかの職業でもかなり楽しめるという自信はありますよ。
 話がそれますが、落語などでは、仕事も大してできず、たくましいわけでもない優男がもてたりしますね。「太平の世」ならではでしょうか。一方、米国映画などでは基本的にマッチョがもてる。常にマッチョでなければならない米国社会はかなり疲れるんじゃないかという気がします。
 弟さんは能力もあるしいい男だそうですし、日本人的にはけっこううらやましい色男だと思いますよ。

Posted by: 安田 | Friday, April 28, 2006 at 02:47 PM

他者が自分の思い通りになる、という過ちを
国家が主導して統制するとは基本的人権もあったもんじゃないですね。
ファシズムの匂いがぷんぷんします。

肩はまだ痛むのですか?

Posted by: えらこきう | Friday, April 28, 2006 at 08:49 PM

安田様

教育基本法・改正案が閣議決定されましたねえ。愛国心を盛り込んで。

日本には3万くらいの職種があるそうで、それこそ電車の中吊り広告の「もっとぴったりなお仕事あるかも」のコピーを信じていたら、何回転職してもきりがないような気がします。私だって、「これがマスコミの仕事かあ」と思うものもあるし。ま、どんな職業も同じですね。友人の中で一番生き生きしているのはやっぱり会社の社長をやっている面々ですね

アメリカに住んでいたとき、小さな坊やが出かける間際のパパに「ママを守ってやるんだよ」と言われ、こっくりうなずくのを見ていて、「なんとけなげな。それにしてもこちらの男子の大変なことよ」と思っていました。シュワちゃんが知事になっれたのもアメリカがマッチョ文化だから、という説が大きいですよ。アメリカ人は自分たちで「頭(の中身)より体つきが重視される社会」と言っていますしね。

太平の世の中、弟は元気です、、散歩だけで(といてもすごい距離歩くのです)結構いい体していますし。義妹は弟を題材にした落語でも一本書けばよいのに

Posted by: 沢宏子 | Friday, April 28, 2006 at 11:30 PM

  速水さま

この世の中に『完全な平等や差別のない社会』というものが存在しない以上、“点数を上げることによって得られる結果”を求めるのは、ある意味仕方がないことかもしれません。特に差別をしたがる人々に対して臆せず物を言うためには、何にせよある一定のレベルを満たしていることが必要だったりしますから。
>成果をあげることは自信につながるから、大事ですね。
確かにそうですね。生きて行く上で必要な知識と学力とは必ずしもイコールとは限らないですけど、生きて行く上で重要な要素となる自信にはつながりますね。
勉強でも何でも、自分で出来ることの多い人の方が、自分自身に頼れる分だけ、人として自由に生きられるような気がします。いいなあ・・・。
速水さんの授業、私だったら受けてみたいです。でも、おバカ過ぎて、叱られちゃいますね、きっと。

Posted by: VOCE | Saturday, April 29, 2006 at 11:45 PM

JASJAR + Vodafone でハッキングに成功したので、書き込みテスト。文字化けなーし。
日本がファシズムになるにしても、キョーボー罪ができるにしても、それに反対する人たちがムショに入らずに済む程度に抑えて控えめに反対している現状だと、流れは変わらない気がするね。

Posted by: おしゃみ~るつねたん | Wednesday, May 03, 2006 at 06:28 AM

みんなでムショに入ればこわくないか。税金はらわずみんながムショにムギメシダイエットしにいけば向こうが悲鳴あげるかな?

Posted by: 速水 | Wednesday, May 03, 2006 at 10:45 AM

冗談はさておきやはり自分たちのバランス感覚は信じないといけないのでは。日本人は良くも悪くものんきですから。その良いとこも悪いとこも意識していかないといけないと思います。両極端なのが多いと思いますが。

Posted by: 速水 | Wednesday, May 03, 2006 at 11:37 AM

つねさん

市民運動が左翼過激派とほぼ同じ扱いとなってしまった今の日本社会では、ムショに入るほど根性のある人はもう一般社会に受け入れられないでしょう.共謀罪も密告手段としてしっかり定着すると思いますよ.

なんかキーを打っても。が出なくなってしまった.なんですかね、これ. まると打って変換しないといけない.

Posted by: 安田 | Tuesday, May 09, 2006 at 07:18 PM

速水さん

交渉相手を困らせない市民運動は効果ありませんから、ムショ攻めも手段の一つとして始まるかもしれませんね. そこまでやろうという運動が今後行われるかどうかですが.
人間、善いこともしながら悪いこともし、悪いこともしながら善いこともする. 池波正太郎がよく書いていることですね

Posted by: 安田 | Tuesday, May 09, 2006 at 07:32 PM

安田様

80歳超えた祖母が「最近、日本がおかしい。オウム(事件)のころから変よ」とするどいことをいうので、共謀罪、現代日本教育などを説明したらものすごく納得していました。ばあちゃまは頭のよい人なので、長い自分の歴史の中、嗅覚が働くものと思われます。共謀罪が近代日本史の中でどういう役割をしているか、考えて見ます

関係ないけど、義妹、社会人大学院に行きたいそうです。出産した後。只今、猛勉強中。安田さんに「もう学校にかよったりしないのですか」という愚問を投げかけようとしていました。安田さんは講師をするのですから今さらですよね

Posted by: 沢宏子 | Wednesday, May 10, 2006 at 01:31 AM

ぼくとしては、せっかくの人生だから一度はムショに入ってみたい。今までは留置所どまりなので。先人ワターンに対抗したいなあ。でも、同じムショ入りなら痴漢じゃなくてキョーボー罪の方がなんか迫力があるね。ふじゅんぺがムショ入りするとしたら詐欺罪かも知れないけど、それよりキョーボー罪の方が楽しそうじゃない?んで、当然、「ブタ箱ウハウハ日記」という本を書いて二度美味しい思いをするでしょ?入ってみて悪くなかったら、二度、三度もいいかも。他の人にも「刑務所いいとこ、一度はおいで」と、宣伝するし。でも、取り締まる側はそういう人にはムショに来て欲しくないんだよね。そういうことできるのは、ムショに入ったら社会復帰できなくて困る人たちじゃなくて、東長崎機関やふじゅんぺのような生来のわるいやつらなんだから、どんどんキョーボーしないとね。「キョーボー罪ができてよかった。キョーボーした甲斐があるよ」と、いえるくらいに。

Posted by: おしゃみ~るつねたん | Thursday, May 11, 2006 at 05:00 AM

ネタにするには誰よりも先んじてキョーボーしないといかんですねえ。タレこみが重要らしいのでお互いに適当にタレこむという手もありますね。こんなタレこみでもムショ入りできちゃった、で一本書けますなあ。

Posted by: 安田 | Thursday, May 11, 2006 at 07:13 AM

沢さん

積み重ねた知恵というものは大事ですね。
現代日本人には何かと言えば役所にタレこむ習性が定着してきてますから、共謀罪もこれまでのものとは次元の違うかたちで定着していくかもしれません。

学校で勉強。かなり考えてますよ。拘束騒動がなければ2年くらい前にいろいろ始めている予定でした。

Posted by: 安田 | Thursday, May 11, 2006 at 07:20 AM

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060512-04429733-jijp-int.view-001&kz=int
日本のピースな人たちにも、ぜひこれをやっていただきたい。

Posted by: おしゃまなつねたん | Saturday, May 13, 2006 at 05:25 AM

これはいい写真だなあ
あわてて駆けつける動きがしっかり撮れている
構図もばっちり
一瞬ずれたら台無し
カメラマンって偉いなあ

Posted by: 安田 | Saturday, May 13, 2006 at 01:25 PM

すんばらしい写真ですね。私なら、シャッター押せません。

ムショ評論家としては、既に三浦和義氏が活躍してますな。彼をしのぐのは難しいっす。

Posted by: けんたうろす | Saturday, May 13, 2006 at 06:15 PM

これ撮ったカメラマンは男性なんですかね。

Posted by: 安田 | Saturday, May 20, 2006 at 03:31 AM

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