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Sunday, November 20, 2005

あのハナキンで爆破

イラクのハナキンでモスク爆破の事件があった。私がちょうどモスクワの空港でごろごろしていたころなので帰国してから知ったのだが、これは驚いた。ハナキンは、この事件のちょうど一週間前に私がいた町だからだ。
 非常に安定しているということで、私の通訳も警察も情報機関も、私のハナキン行きには反対しなかった町だけに、これほどの事件が起こるとはやはり驚きである。まぬけにもモスクに行かずに帰ってきてしまったので写真はないのだが・・・、これはイランとの国境でイラン側を指差すクルド人国境警備員である。
khanaqinborder
 この町の住民はクルド人がほどんどで、イランとの国境管理と、石油の町ということで、サダムがアラブ化政策を進めたところだ。クルド人はシーア派がほとんどであるのに対し、スンニ派のアラブ人を住まわせたわけだ。2003年のサダム政権崩壊直後にクルド愛国同盟の軍が町のを陥落させ、以来、事実上はPUKが町の行政と国境管理を仕切っている。サダム政権崩壊後はスンニ派住民はだいぶ減っていたとも聞いていた。
 この町はイラン国境にあるため、実は現在のシーア派政権も管理を狙っている。今年1月の選挙で移行政府として実験を握ったシーア派ダアワ党のジャアファリ首相は、PUK役人が座っている国境管理事務所の所長職を子飼いのシーアアラブ人にすげかえようと何度も仕掛けたが、そのつどPUK側が拒否してきたという政治的な対立が起こっている場所である。つまり、大油田地帯キルクークと同様、連邦制下での帰属問題がここでも焦点になってくるわけだ。ちなみに、この町はバグダッド東方のディヤラ州にあり、行政区分ではアラブ地域ということになっている。
 クルド人の国境管理役人は、シーアアラブへの不信感でいっぱいだ。ジャアファリは長年イランに亡命し、サダム打倒を狙ってきたわけで、当然イラン情報機関とつながっている、とし、イランの諜報部員のイラク入りを支援しているとみている。彼らによると、実際に昨年、イランの諜報部員を国境で拘束したという。ナジャフなどの聖地に巡礼に行ったまま戻らないイラン人も多いと言い、イラク国内の混乱が続けば米軍はイランへの軍事攻撃はしにくいことから、イラン諜報部員が関わった爆破事件もかなりある、と断言していた。ジャアファリがイラン人拘束の件を発表しようとしないのは彼らとつながっているからだ、として、イラク警察内でもクルド側に不満が高まっているという。ジャアラフィが国境管理をするようになれば、イラン諜報部員の出入りがほぼ自由になり、ますますイラク国内が混乱し、やはり多数のクルド人が住むイランとしては、イラククルドに対しても何らかの破壊工作をしてくる可能性があるので、この国境の管理は絶対に譲れないのだ、というのがクルド人事務所員の主張であった。もっと切実なことに、トップがシーアアラブに代われば、自分たちの職は間違いなくアラブに奪われる、と訴え、ひいてはハナキンの町のアラブ化が再び進められることになってしまう、と強調していた。
 冒頭にリンクした記事では宗派対立を狙う爆破とあるが、現地でどうみているのか気になるところだ。クルドもスンニアラブへの警戒は非常に厳しいものがあるが、この町の特色を考えると、ステレオタイプに「宗派対立」と考えてよいのかという気もする。宗派対立を狙いたいのか、民族対立を狙いたいのか、が分かりづらいこの町をあえて狙った意図は何なのだろうか。警備体制ができていないことを指摘して、シーアアラブの管理下に入れようという狙いと読むことも可能だ。もちろん、実質上のクルド地域内であるために警備はそれほど厳重ではなく、爆破しやすかった、という話であれば、バグダッド等他の地域での爆破と似た性質のものかもしれない。
 現地に連絡のつく体制を整えてきたのでさっそくたずねてみようと思う。しかし、私が訪れた後での事件であるため、私自身がスパイであったように思われていないかが心配だ。そういう意味では、モスクの写真を撮っていたら今頃かなり怪しまれていることだろう。

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Comments

政府が退避勧告を出しているのに行くとは無謀だ。自己責任をわきまえろ。お上が行くなと言っているのに行くとは何事だ。お上に納めて俺らが好きに使う税金を無駄遣いさせるな。寝食忘れて救出するのは国家の義務ではない。「記者クラブ」と同じ便宜の供与だ。

日本には市民社会もジャーナリズムも存在しないんだから、また拘束されても誰も擁護してくれないぞ。お上の意に背いた反逆者として扱われるぞ。政権防衛のためには遠慮なくスケープゴートにさせて貰うんだから。

とにかくこの国は、「恥の文化」で成り立っていて、個々が自立して考える能力が欠けているから、ことの善悪はともかく、他と異質な人間は欲求不満解消の道具にされるんだ。そんなの分かっていて、よくもイラク入りしたな。

一市民、マサガタより

とにかく、お疲れさまでした。情報提供のために身を挺して危険に挑むあなたを誇りに思います。

Posted by: 小泉純一郎&外務省代理 | Sunday, November 20, 2005 at 12:12 PM

マサガタさん

いろんな人に書かれる前にまとめて書いていただいてありがとうございます。

実は昨年末にパスポートを取得した際に窓口を通して、外務省本省から「自分の身は自分で守るように」という通告を受けています。つまり、何があっても外務省は放置する、という宣言のようなもので、要するに、よけいな騒ぎをされずに自己責任で動けるというお墨付きを受けております。

恥といえば、ネットでちょこちょこ見た程度で知ったようなつもりになってしまうような小賢しさを恥じる文化というものが日本にはあったと思うのですが、そういうものは消えつつあるようですね。

ま、今回行った場所は基本的には危険の部類には入らないと思います。現地人からも「危険な場所に来た日本人」というより、「ジャッキチェンだ!」という驚きで迎えられましたし。

Posted by: 安田 | Sunday, November 20, 2005 at 06:21 PM

「恥の文化」とはルース・ベネディクト著の「菊と刀」で書かれた日本人の外発的な行動パターンや道徳規範を指します。

つまり、宗教とか自己の信念ではなく他の人間がどう見るかを基準にする道徳規範です。自己のない集団依存的なもろい人間性を表しています。

それにより個に多大な負担がかかり、変なところで爆発するのも特徴です。

Posted by: マサガタ | Sunday, November 20, 2005 at 11:41 PM

26日の高知入りを心配しています。
天才未少女ウイーが勝ち進めば龍馬空港への道は35000人の車で埋められるからです。
来て下さりすれば裏道を突破します、1時半が講演開始ですので現地はやきもきしています。

Posted by: 高知太郎 | Thursday, November 24, 2005 at 09:31 PM

そんなに大勢人が集まるなんてビジネスチャンスですね。しかもゴルフ観戦にはとてもいいかも。みんなが武装勢力になってぞろぞろしてたら圧巻ですね。頑張って来て下さい。

Posted by: 速水 | Friday, November 25, 2005 at 03:44 PM

恥の文化については、本日のJANJANの中で記事として掲載されています。

読んでください。

http://www.janjan.jp/culture/0511/0511235501/1.php?PHPSESSID=e1fbc1313accb70026528f7bca0eaf6f

Posted by: マサガタ | Friday, November 25, 2005 at 10:14 PM

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