Tuesday, October 21, 2008

コメント欄について

 日ごろ、コメント欄にいろいろとご感想、ご意見等寄せていただきありがとうございます。また、最近は書き込みへの反応もままならない状態となっていることをおわびいたします。
 特に現在、海外にでている関係で、コメント欄への対応が難しい状態にあることなどから、しばらくの間、コメント欄を停止することにしました。
 また体制が整い次第、復活させるけn検討するつもりです。
 よろしくご了承ください。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Thursday, September 11, 2008

追加・朝日新聞の夕刊に

 インタビュー記事が掲載されました。一社の頭です。お暇な方、ぜひご覧ください。
 そういえば東京版にしか出ていないのかもしれませんので、読めなかった方はこちらでどうぞ。いつまで読めるのかは分かりません。

| | Comments (5) | TrackBack (0)

Saturday, August 09, 2008

水筒

 買った。最近のはボタン見たいのワンタッチで中蓋が開いたり閉じたりする。知らなかった。でも昔みたいなひねって開ける方がシンプルでよいと思う。
 買ったのは1リットル入りのちょっとでかいやつ。ちょっと出かけるときに、泡盛とか焼酎全部いれて氷入れてキンキンに冷やして持って行くのだ。1リットルのだと出先で4合瓶買って全部移してもさらに氷を入れる余裕があるからちょうどよいのだ。ぬはは。

| | Comments (8) | TrackBack (0)

Tuesday, August 05, 2008

なぜ労働者になったか

 修正の方針が決まったので、その前に基本的な部分からのおさらいをしようと思う。
 なぜ自ら労働者になる意味があるのか。イラクで働いている出稼ぎ労働者の契約は、半年から二年間、休日なしで働き続けるという内容で、コンテナの並ぶ狭い居住区と労働現場の間を往復する生活を続けている。その間、毎日ではないが迫撃砲攻撃にさらされ、運が悪いと死傷する。給料を払わない悪徳業者もある。これを取材しようとしても、労働現場にも宿泊場所にも行けないというのが実際のところで、行けたとしても業者の人間がついてくるので労働者が言いたいことを言えるわけでもない。たとえ行けたとしても、奇跡的に1日や2日そこにいたところで事情が分かるとは思えない。毎日攻撃があるわけではないし、そうした場所に半年とか1年2年といなければならない感覚は分からない。特にイラクのような場所の場合、労働や生活の実態を見るためには自らもそこへ入るしかないというのが私の考え方だ。
 そんなものは高みの見物だという指摘もあるが、第三者の立場から、興味本位に物事の成り行きを傍観すること、という意味を考えると、自らも労働者になって同じ場所で生活している状態が第三者といえるのかどうか。私はむしろ、第三者ではないところに取材として問題があるのではないかという指摘があるかと思っていた。興味本位とは、おもしろいかどうかだけを判断基準にする傾向、ということのようだが、そんなことだけを判断基準にしてイラクに行けるわけがない。イラクがほかの場所よりは危険なのは確かで、おもしろいかどうかだけで行ける人がいたら、それはそれで大したものだと私なら思う。もちろん、おもしろいと思えるかどうかは非常に重要な動機になるのだが。そういえば、バグダッドで私の上司となったインド人はクウェート国内の米軍基地で働いてかなり稼いでいたらしく、なんでまたイラクに来たのかを聞くと、見たかったから、と言ってにやりとした。迷惑だ、と言ってやってください。
 高みの見物、ということならば、当事者ではないという点で記者の仕事は基本的に高みの見物である。戦場取材では、自分も吹き飛ばされる可能性があったりスパイ容疑などで拘束されたりするという点で当事者にやや近いが、ずっとそこにいなければならない現地人とは決定的な立場の違いがある。そんなことは承知していて、それでもできるだけその違いを乗り越えようと努力するのが一般的な記者というものだ。一方で、記者になるような人間は、家庭環境なり自分の経験なりでかなり苦しんだ体験があるべきだというようなことを言う人もいるのだが、そうでなければ取材相手の話を理解できないのであれば、そうした経験がない人がほとんどをしめる読者や視聴者が記事や映像で間接的に知ったところで理解できるとは思えない。だから、記者の側には、そうした経験をしていない人間がどうやってそれを知り、理解できるのかという自問をする必要がある。
 私は毎日休みなく働いていたが、給料未払いの状態が4ヶ月以上続き、いまでも一ヶ月分が未払いである。しかし、取材目的の私の場合と、イラクで一発稼いでやろうとリスク承知で行ったインド人らとは受け止め方が違うだろう。ディワニヤでの私の上司のインド人はかなり異常な人間だったが、やはり未払いだった彼としては正常ではいられなかった心理的な事情もあったのかもしれない。近いうちに日本を出るが、まずは彼らの地元での事情なども見てくるつもりだ。

| | Comments (5) | TrackBack (0)

Monday, August 04, 2008

押しつけ

 少々強い調子で書いているブログを読んで、押しつけられている、と感じる人がけっこういるようなのだが、何の権力も持たない個人が書いているネット上の日記に押しつけの効果や機能があるのだろうか。押しつける、とは受け入れるよう強制することだが、自由に開き、閉じることのできるネット上の日記に強制力があるとは思えない。むしろ、「国」を持ち出して批判したり、日本人をやめろとか言ったりするほうが、国を持ち出して個人的な意見ではないように見せたり、日本人をうんぬん言ってあたかも日本人を代表しているかのように語ったりするほうが、よほど押しつけの意図を感じるし、明らかに煽っているし、悪質だと思う。そういう人がいることを重々承知したうえでなければイラクになど行けないものだが、こういう論法はイラクに行くかどうかという超限定的なことがらにだけ適用されるわけではないだろう。誰でも言われかねない話だと思うのだが、まあ、どうやら、そうした論法も貴重なご意見として受け止める懐の深さをみなさん持っているようなので、今後、非国民とかいう言葉を使う連中が出てきてもなかよくやっていけるのだろう。

| | Comments (7) | TrackBack (0)

Wednesday, July 30, 2008

ミスりました

 操作をミスって前回のエントリーを消してしまいました。すみません。さいこさん、コメントありがとうございました。

| | Comments (3) | TrackBack (0)

Monday, July 28, 2008

職業としての

 コメント欄でご指摘いただいた点でもあるが、職業としての記者がやらなければならないことは、「迷惑だ」とか、「イラクなんか興味ない」とかいう読者や視聴者の意識を一瞬で変えて注目させてしまうほどの力のあるものを、成果として発表することだ。だから、はっきり言って、迷惑だとか、なんで行くのか、とかいう批判は私としてはほとんど重視していない。
 いちいち論じているのは、特に04年の場合は騒ぎになったため、そのことに対する説明責任としてやっていたということと、とりあえずかみつき返したいという私の個人的な性格のためである。もちろん、本などにする際の材料になるということもある。というわけで、今回の取材の成果の完成版はまだ発表していないが、それだけのものに仕上げなければならない、という一点について改めて気を引き締めているところだ。
 特に活動家系のジャーナリストがよくいうのが、日本人がイラク戦争に関心がない、という批判というか不満なのだが、活動家とか一般の人が言うのはよいが、職業としてやっている記者が言ってしまってはおしまいである。売れないラーメン屋の親父が、俺のうまいラーメンを食いに来ないとは味が分からんやつらめ、とか言っているようなもので、宣伝のしかたの問題もあるのかもしれないが、同業者から見るとただの遠吠えにしか聞こえない。取材をすることに社会的な意義を認めるかどうかも、社会が認めることであって、こちらから認めろ、とか言うのも妙である。だから、私が日記などに書いているのは、基本的に同業者への悪口だ。あ、もちろん愛のこもった悪口だ。
 その一方で、そう簡単に世の中が変わるとも思っていないようなニヒリストがジャーナリストには多かったりもするのだが、その中で少なくとも自分のできる範囲のことをやろう、などとささやかなところででも踏ん張ろうとしていたりもして、私の場合、名の通った大ジャーナリストなどよりも、こうした地味な記者のほうが人として好きである。まあ、ほとんどの記者が、自分の興味とか喜怒哀楽をモチベーションにしていることは前に書いたとおりで、現場ではとんでもない不謹慎発言を連発しているものだ。
 今回に関してはもとよりストレートニュースで勝負する類のものではないが、現場の様子すらほとんど出てきていない話なので、その雰囲気をもっと出していくことから始めないといけないし、現場における労働者としての心情の部分をもっとふくらませないと、事実を淡々と書いていくだけでは事情の部分にまで踏み込めない気がしてきた。講演ならば爆音と機関砲射撃音を聞いてもらえるのである程度の雰囲気が出るが、それらも文章でもっと表現できないといけない。どうも美しい日本語から離れていたせいか、そのあたりの急速なリハビリが必要だ。

| | Comments (4) | TrackBack (1)

Saturday, July 26, 2008

やっぱりその結論?

 前に自分の本「誰が私を『人質』にしたのか」でも書いたが、04年の人質・拘束事件で広がった批判は、何が問題だったか、なぜそうした事件が起きたかを事実に基づいて論理的に検証するものではなかった。亡くなったジャーナリストの橋田さんの場合も一ノ瀬泰造の場合もそうだが、なぜ起きたのかを検証しないで精神論しかしないから、技術的な問題が何ら進歩しない。技術的な問題がなければそうした事件が起こる確率は減るわけで、本来は議論の中心になるはずだが、そうした意識も知識も論理性もないから「行くな」という最悪の反応しかできなくなる。
 今回私はイラクに9ヶ月滞在したが、無事に戻ってきた。当初から現地の状況を把握していたし、移動方法、滞在方法なども、当時のイラクではもっとも安全なものの一つを利用した。まあ自分としては別に安全性は問題ではなく、出稼ぎ労働者が危険な状況に置かれているならば同じ場所に行くことに意味があるわけで、当初はトラックで陸路を移動するという話もあって、出稼ぎトラック野郎といっしょに動けるなら最高だと喜んだが、イラク-クウェート国境の事情でかなわなかった。そのことはいいのだが、要するに技術的な面では最高の手段の一つを用いたのが今回のイラク取材で、当初からの構想・計画通り帰還したわけだ。
 無事に帰ってきても何か問題なわけ?
 たまたま無事だっただけで何かあったら大変なのだから行くな、と言いたいのだろうが、戦場に絶対などなく、どのような安全対策をとったところで迫撃砲弾がふってきて木っ端みじんなんてことは十分ありうる。絶対に安全を確保できる手段があるのならば戦場では誰も死にはしない。安全対策とは危険度を下げるためのものであって、どんな対策をとっていようと帰ってこれるのは「たまたま」だ。そんなことも分からず言っているのだとすればまさに「平和ヴォケ」ということだが、結局、完全な安全を求める結果、「行くな」という結論にしかならないわけだ。100%安全な手段は「行かない」しかない。人質・拘束事件から4年がすぎたが、結局、残ったのは「現場取材など必要ない」という最悪の結論だけだったということだ。

| | Comments (11) | TrackBack (0)

Thursday, July 24, 2008

お任せ戦争

 イラク取材を続ける理由といえばいろいろあるが、そもそも理由も何も、ころころと取材対象を変えることのほうが私としては疑問だ。なぜ一時的に盛り上がっただけでその後のフォローをしないのか、という質問を他の人にまずするべきではないかと思うが、まあそれが世の趨勢、要するにただのブームだっただけだということだろう。
 とりあえずイラクに行くということについて。今回のイラク滞在は、何万人もいる外国人労働者の一員としてだった。迫撃砲攻撃で死傷するなどのリスクはあるが、危険の度合いとしてはかなり軽減されていたと考えていいと思う。04年の人質・拘束事件では、なぜ護衛をつけないのか、という批判が出たが、今回は民間軍事会社のスタッフが常時私の周囲にいた。キケンキケンとオウムのように繰り返すだけで、現場のことなどどれだけ分かっているのかかなり疑問だ。
 イラク戦争の現場を支えているのは、インドやネパール、フィリピンやアフリカ諸国などから来た何万人もの出稼ぎ労働者だが、その一員として現場入りした私を「なぜまたイラクにのこのこと」などと言うということは、同じ方法で現場に入っている出稼ぎ労働者全員に対しても同じように考えているということだろうか。出稼ぎ労働の実態をどれだけ知っているのかも疑問だが、現場労働は貧乏人にやらせればよいのであって、日本人が行くのは問題だなどと思っているのだろうか。日本はイラク戦争を率先して支持し、推進してきたのに、現場は貧乏国の出稼ぎ労働者にやらせておけばいい、とはなんとも無責任というか、ただの成金野郎ではないか。では自衛隊派遣ならいいでないか、という人もいるだろうが、それについてはまたの機会に。
 今回は身分を偽って民間企業で働いて取材をするという手法で、てっきりその手法についての批判が出るものと思っていたが、やっぱりはるかそれ以前の、なんでイラクに行くの?で引っかかるのですな。繰り返すが、日本はイラク戦争を推進した側である。イラク人を何万何十万と殺しておいて、現場は貧乏外国人にやらせろ、とはなんともご立派な責任感というか倫理観でございますな。

| | Comments (2) | TrackBack (1)

Wednesday, July 23, 2008

旅のスタイル

 自分としては、あちこちから材料を集めるよりも、定点観測的にものごとを見ていくほうが好きである。学生の頃から旅が好きだが、あちこち動き回るよりも、なるべくひとところに突っ込みたいというタイプだ。海外の安宿や野営地で出会ったほかの旅人の中には、いくつもの国をまわってたとえば世界一周をするというような旅をしている人もおり、それはそれでミッションとして面白いだろうし、達成したときの満足感はあるだろうと思う一方で、ただ通過するだけの旅では自分は満足できないのではないかという気もする。せっかくその場所に行ったのならば、その土地らしいものに出会いたいし、自分のものの考え方や感じ方に何かしら影響を受けるような経験をしたいと思う。
 記者という仕事を選んだのは、自分の旅をもっと面白くするためでもある。何かしらの出来事、現象に出会ったときに、いろいろな角度から事実を集め、そのうえで自分なりの見方ができるようでなければ記事は書けない。野球で言えば、9回で終わった試合の過程を全部書いてしまってはだらだら日記のような文章になるだけだが、この試合のポイントになったのかを見極めて、その瞬間に全体を集約させるという作業をしなければならない。こういうの、個人的にものすごく好きだ。さらに、今そのような事実と見方を知らせることがどう新しく、社会的にどのような意味があるのか、を説けなければ記事にならないという点で、沈没バックパッカーのように世捨て人的になるのではなく社会と関わろうとする意識が必要だ。さらっと見ていれば見逃してしまうような出来事に焦点を当てて、世の中の動きを象徴するような意味を見いだす、というのが記事を書くという作業である。通過したり眺めたりするだけでなく、これはと思えるようなものを見つけられるようになれば旅をもっと楽しめるようになるんじゃないか、ということで、記者の仕事をすることでその訓練をしている側面がある。
 イラクを継続的に取材しているのも、定点観測的に見ていくほうが自分にあっているからだ。違う場所の状況や背景の違う戦争などを見に行って合わせて考えるやり方もよいが、自分なりにけりがつくまでは同じ場所を対象に突っ込みたいと思っている。だから、戦争の民営化という現象だけを見るならばアフガンでもよかったが、やはりイラクでやることに意味があった。今回の賞向けに書いた原稿で失敗だったのは、民営化の話とイラクの話がごちゃ混ぜになりすぎて焦点がぼやけたことだ。文章にするうえでは、そのあたりの兼ね合いをうまく調整しなければならない。旅としてはそれなりに楽しめたが、まだそれを咀嚼しきれていないことも影響したのだろう。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

«モチベーションについて